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西暦2033年、地球は巨大な彗星が衝突し、ほぼ滅亡状態。地上にはもう11年も雨が降らず、乏しい水と電力は、「水・電力公社」という独裁組織によって管理されている。
こんな世界に現れたのが、映画史上最もPOPで乱暴で大酒呑みな「美女で野獣」系ヒロイン、レベッカ。別名『タンクガール』だ。
「美女で野獣」作品チャートの中では、『バーバレラ』と共にPOP系に分類されているこの映画だが、これは作品としてPOPであるという意味で、主人公のキャラクターでいえば、両者はまったく対照的な位置づけになっている。
バーバレラは、その美貌によって、いろんな男たちから助けられ、支えられながら世界を渡り歩く。ようするに「美女であることで社会から無償で受けられる恩恵」を、最大の武器とするキャラクターだ。対するレベッカ=タンクガールは、同じように美女であるにもかかわらず、彼女は男からの恩恵を、まったく当てにしていないのが特徴だ。
映画の冒頭に登場する彼女の恋人は、現れたと思ったとたん、水・電力公社の部隊に襲撃されて死んでしまう。これ以降レベッカの味方は、メカマニアの少女ジェットであり、人とカンガルーのDNAを合成して作られたRIPPERSというミュータントたちであり、そして彼女たちの改造によって生まれ変わった、キュートなタンクとジェット機だ。
これに対して、映画の中で「男」は、ほとんどが敵として描かれている。強大な権力を握り、美女をまわりにはべらせてほくそえむ独裁者(『時計じかけのオレンジ』のマルコム・マクダウェル!エキセントリックな敵役を、相変わらず楽しそうにやってます)。この男と、かれが率いる軍隊に、彼女たちは協力して戦いを挑む。しかしこれは、単純に男VS
女の戦いではない。
マルコム演じるステレオタイプな独裁者像は、ある意味で昔ながらの男らしいキャラクターだ。対するタンクガール側のキャラクターはどうか。とにかく乱暴な態度と言葉遣いの女のコたち、突然変異のカンガルー人間、そして機械。
つまりタンクガールたちは「男でも女でもない者」として、「男らしさ女らしさ」という観念に、戦いを挑んでいるとも言えるわけだ。
D・ハラウェイが80年代中期に唱えたサイボーグ・フェミニズム論によれば、真のフェミニズムとは、従来の性差を超えたサイバネティックな存在を目指すことであり、また女性こそそれが可能であるという。
笑うときに口を手で隠すような内気な少女ジェットも、タンクガールと出会い、ミュータントや機械たちと交わることで変わっていき、最後は強烈な言葉と共に銃をぶっ放す、立派な「美女で野獣」に変身する。ある意味ではタンクガールこそ、サイボーグ・フェミニズム論を行動で示す、第一級のエバンジェリストなのかもしれない。
そういえば、この映画は公開以来、女のコの熱狂的なファンが多数ついているらしい。ビデオになった『タンクガール』は、さしずめ「伝道の書」といったところだろうか。
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